地方で「楽しく生きる」の本質が見えてきて、生きるのがちょっと楽になった話

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こんにちは、シュガー(@satosho_local)です。

公務員をやめて1年と3ヶ月ほど立ちまして、最初の1年はとある場所で一年フルコミットしなければならない仕事をしてまして、なんだかんだでこの3月くらいがほんとの脱公務員生活をしている感じになります。

そんな私、はやくも5月病のようにめちゃくちゃ生きることに対して疲れておりました。

「俺は結局何をしたらよかったんだろう」

「おれは、一体何をやりたいんだろう

「わいは・・・」

「せやかて、工藤・・・」

そんなことを一人モンモンと考えていました。

それでもなんとなく、行き着いた答えが見つかったのでフリーランスの人でも、この時期に悩んでる人でもなにか解決すればいいなと思ってブログに書こうと思った次第です。

結果として

「楽しく自分のやりたい事をして生きていく」をモットーに生活していたのですが、それの本質は

「楽しくなる未来を求めて自分のやりたいことをして生きていく」なのだと気づきました。

町長選挙という試練

ぶっちゃけ、最終的に

いやそれ当たり前やろ!あほなんwww」って思う無いようなのですがお付き合い頂けましら幸甚に預かります。

話のスタートは、2018年12月に執行された高千穂町長選挙です。

1年ほど前から、候補者が2名いるとのことで町内ではもっぱらの噂でして、1名は、宮崎県庁を退職された甲斐さん。もう1名は自分と同じタイミングで高千穂町役場を早期退職された甲斐さん

どちらも甲斐さんで紛らわしいわ!

というのはよく言われたことではありますが、私は高千穂町役場を退職された方の甲斐さんから退職後に「you!選挙までの事務とその他もろもろをやってくれないか!(本人はこんな言い方しませんでした)」と打診され、その役を仰せつかりました。

なんだかんでその選挙の前から選挙期間中と、それはそれで大変さ若者の政治参画の重要性と、行政にいたときとは比べものにならないくらいの密接で町の皆さんと関わることができ大変よい経験になりました。

ただ、それでも選挙ってめちゃくちゃ大変なんですよ。

国会見たてたらわかるじゃないですか、揚げ足取りするだの、言ってもないこと流布されるだの、「え?それ関係なくない今・・」みたいな話とかめちゃくちゃありました。

とりま自分の主観ですけど、割と攻撃されることも多かったし、

これが選挙なっちゃが

というおじさんたちの言葉も経験のなさから、平気なフリして結構苛ついてました(笑)

ちなみに一番苛ついたアワード優勝は「お前は公務員辞めてまで選挙に首突っ込んで何をしたいんだ?」でした。

公務員辞めたことも、選挙に首突っ込んだこともあんたには関係なくない?

暇なのかバカなのか、地方の嫌な所を見る機会でもありました。

そんな町が半分嫌いになる

選挙については勝ちを収めた結果ですが、どうしてもやっぱり心残りがありまして

選挙中にいろいろ言われすぎて、町を半分に嫌いになったことです

もちろん選挙が終わったらノーサイドです。

どちらの陣営もノーサイドで手をとって町を良くしてかないと行けない中なわけです。

ただ、自分はそこまで大人になれることはなく、あの苛ついた思いはジワジワ存在していたわけです。

Twitterとかでクソリプくるじゃないですか、Twitterはブロックしたら終わりなんですけど、現実世界にいたらそうもいかんのじゃなぁと。

「え、俺この人たちのためにも頑張らないかんのか?????」

そんな思いでおったわけであります。

そんなこんなでイマイチ心の整理もつけないまま、流れで年度末になり、元号が代わり、GWを乗り越え梅雨の時期に入りました。

この梅雨は特段決まったイベントもなく、普段の仕事をしていたのですが、どうしても心に刺さったトゲがありまして・・・

彼女から別れを告げられた後のそれを思い出し落ち込むようなチクチク感をふとした時に感じておったわけです。

「楽しくやりたいをやって生きていく」を少し勘違いしていた

もちろん公務員辞めたときのウキウキは

「楽しいことをやりたい!」「これからは自分の好きな人たちと仕事をするんだ!」「地方でも自分らしく生きる新しい働き方育てるんじゃ」「この町もっと元気にしちゃる」

と息巻いていましたが、

このときのワシはコミットするはずの町を半分嫌いになって、その心の中も穴が空いてしまい、それはまるでコロニー落としが行われたジャブローのようでした。

(正確にはジャブローには落ちていいない)

やっぱそんなモチベーションで仕事が続くはずもなく、ここ何日か鬱っぽくなりお酒に溺れる日々おりました。

最近は、レモンチューハイにはまっています(どうでもいい)

旧友の一言でハッとする

そんな時、旧友と合う機会がありまして、彼は塾講師をしている傍ら、本と女が大好きで借金に加えて離婚調停中というなんとも、この世のクズみたいな生活をしているのですが、友達の少ない自分にとって昔からの相談相手みたいなやつなんです。(生活はクズですが、性格はいいやつで哲学書をよく読んでいます。)

シュガー「なぁなぁ、嫌いなやつらがいる町でどうやって俺は頑張ったらいいのかな」

旧友「うーん、シュガーはそんな町でも良くしたいと思うんでしょ?」

シュガー「そうね」

旧友「そうであれば、もっとその嫌いなやつらを俯瞰して見る必要があると思う。多分世の中の首長とか国会議員とかその視点で見てる人も多いと思うんだけど、その嫌いなやつらは嫌いなやつなんだけど、全体から見るとその嫌いなやつらも幸せにしたほうが町に幸せになると思うんだよ。もちろん主義主張はあるんだけど、嫌いなやつにも好きな人たちがいてそいつらが幸せになれば関係者は幸せになるんだよ」

シュガー「なるほど」

それ聞いてハッとしました。

確かに自分にその視点はなく、嫌いなやつは嫌いなやつ!!!ムキー!!!!って断罪していたかも、いや断罪して○ねくらいに思っていました。

ただ、多分に直接自分がそいつらと関わることはないと思うんですけど、嫌いなやつらと好戦的になる必要もないなと。

それに加えて、もう一つ。

自分は社会人になってから熱心なホリエモン信者でありまして(笑)、ゼロが発売された時とかは福岡の書店のサイン会まで言ったことあります(笑)

それで、実業家の堀江貴文さんがYou Tubeでこんなこと言ってました。

「雑魚キャラこそ面倒なことをやれ」

「面倒なことが実は一番コスパがいい」

※内容は是非動画を見てださい。

楽しくなる未来を考えて

さっきの話と何の関連があるんじゃいって感じですが、

これが自分の中ではすごく腑に落ちました。

嫌いなやつと仕事しない、面倒に感じる、それを通り越してどうにか結果にたどり着きたい。

それは違うなと。

嫌いは嫌い、面倒は面倒でもいいけど自分が楽しいと思うことしたいならそれやらんと。

楽してゴールなんかありえんやろと。

目の前がしんどくても、その向こうにお前の欲してる楽しいがあるんちゃうんかと。

楽しく生きるの本質は、楽しい未来を求めて生きることやろと。

そこでやっと気づきました。

楽しく生きるの本質は、楽しく未来を求めて生きるなのであると。

もちろん今の目の前が楽しいことに越したことは無いですが、嫌なこと、面倒くさいやったほうが実は一番コスパ良くてそのさきに楽しい未来が待ってるんですよね。

多分、嫌いな人たちにも期待していたんでしょうね・・・。

「いや、それ当たり前やろwww読んでた時間返せしwww」

そんな感想を持たれたかもしれないんですが、もし子供が、いや友人でもいいです「楽したいからyoutuberになりたい」って言ったらなんて言いますか?

「もちろん応援するけど、YouTuberめっちゃ大変なんだけど。それ知っちょるか?」そう子供に助言しませんか?

楽しく生きるの本質は楽しく未来を求めて生きるなのであると、そう思うとあのチクチクがだいぶ和らいできました。

おかげでまた、明日からまたズコズコ働くことができそうです。

こんなポエムを最後まで読んで頂いてありがとうございます。

最後に、もし似たような悩みを抱えている人がいたらホリエモンの本おすすめなのでぜひ手にとってみてくださいな

それでは今日はこのへんで、ではでは。

 

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